勿凝学問13
一段落の年金論議か
2004年12月4日ver.2
2004年10月21日脱稿
慶應義塾大学
商学部 教授
権丈 善一
年金改革と積極的社会保障政策』の中に次のようなことを書いていた。
今すぐにスウェーデンと同じ<みなし運用利回り付き拠出建て賦課方式年金>を導入するのは難しく、それを日本流に変容することも難しそうである。・・・とはいえ、将来時点での制度のあり方は、そこに到達するまでの人口構成・経済状況の推移に強く依存する。そのために、こうした要因の動態的、累積的な影響次第では、保険料が上限に到達する将来時点での制度には、いろいろと日本的な工夫が必要となるはずである。それゆえに、厚労省年金局には最終的な保険料水準に到達したときからの具体的なイメージと、その実行可能性に影響を与える要因の動態的、累積的な検討に今すぐにでも取り組んでもらえればと思うし、取り組むべきであるとも思う〔p.46〕。

上記の問いかけには厚労省年金局はなにも応えてくれなかったが、幸いにも日本経済研究センターが応じてくれた。
主任研究員深尾光洋氏による10月15日朝刊の日経新聞「経済教室」では、次のように論じられている。
日本でスウェーデン方式は可能だろうか。両国の人口動態の差は大きい。出生率をみるとスウェーデンの1.65(02年)に対し、日本は1.29(03年)と低い。スウェーデンは移民も織り込んで人口が一定で推移すると見込めるのに対して、日本は今後50年で人口が約2割減る。・・・賃金上昇率並みの利回りとするには、国庫負担を導入するしかない。厚生年金だけを対象にした2100年までの試算では、保険料を現状で据え置くなら、消費税率2.5%程度の財源が必要になる(表1)。スウェーデンと同様、低所得者向けに全額国庫負担の年金も導入するなら、その財源も必要になる。問題なのは、みなし掛け金建ての場合、払った分が戻ることを前提としているため、所得の再分配機能が働かないことである。しかも国庫負担を投入する場合には、保険料を多く払った所得の高い人ほど国庫の補助金を多くもらうという矛盾が起きる。
表1 厚生年金保険料と消費税との対応関係試算
保険料率 消費税率
13.58% 2.65%
14.00 2.52
16.00 1.99
18.00 1.46
20.00 0.93
22.00 0.40
23.52 0.00

うするに、13.58%という厚生年金保険料率で、日本でもスウェーデンのようなみなし運用利回りの年金が実現可能であるというあの話は、表1に基づく限りウソの話だったようなのである。そうしたお騒がせなウソを、まことしやかに見せるために、1999年に厚生省が推計した公的年金バランスシートが幾度となく使われてきた。そのバランスシートには、将来期間に対応した給付債務(1,420兆円)に、将来期間に対応した保険料・国庫負担金(1,350兆円)が、ほぼ1対1で対応するような値が示されていたから、このバランスシートを見た多くの人は、日本でも即座にスウェーデン型の<支払った分が返ってくる>みなし運用利回りの年金が実現できると判断を誤った。しかしながら、積立金もない純粋な賦課方式の下では<年金制度の内部収益率は、保険料が賦課される賃金の上昇率と人口増加率の和に等しくなる>という関係が常に成立する[1]。この恒等的関係から推論すれば、仮に積立金が存在したとしても、日本のように人口減少が予測される局面では、賃金上昇率並みの内部収益率を保証するためには国庫負担を導入せざるを得ないであろうということは予測できたはずである。

ほかにもっとすばらしい抜本改革案があるかのような幻想に基づいた」年金論議も、そろそろ一段落していいころだろうと思う。

「経済教室」の中で年金を論じた深尾氏が、「出生率の低下をなんとしても食い止める必要がある」と結ばざるを得なかったように、今必要な改革は、人口構造を変える力を持つだけの積極的社会保障政策を展開すること、換言すれば「就業と出産育児を両立できるように投資を行うという真の構造改革」であるように思える。年金への不信不満という今日の強力なエネルギーが、そうした社会保障政策展開の後押しをするエネルギーに転換されることを期待しているし、いずれそうなると考えていたりもする。その時、昨年来の日本の年金論議が、技術的にも政治的にも実現可能性のなさそうな話の参入によりまったくもって混乱してしまったことも、まんざら悪い過去ではなかったと思えるようになるであろう。

最後に余談をひとつ。
日経センター主任研究員深尾光洋氏は、慶應義塾大学商学部の教授であり、深尾先生の研究室は、わたくしの隣室である。
今度、商学会誌室でコーヒーでも飲みながら年金のお話でもいたしましょう。あまり面白い話ではないですけど(笑)。
三田研究室にて

[1] 人口増加率n、賃金上昇率gの時、賦課方式における年金制度の内部収益率はr、すなわち「賦課方式年金の内部収益率は賃金上昇率gと人口増加率nの和(r=g+n)に等しくなる」という命題を得る。よって完全な賦課方式のもとでは、人口減少過程で、賃金上昇率を保証する<みなしみなし運用利回り>の年金制度は、保険料以外の財源を投入しつづけることなくして実現不可能となる。
ちなみに、人口減少過程では、保険料率が高くなればなるほど、みなし運用利回りを実行すれば給付額も高くなる。よって、投入するべき保険料以外の他の財源も増えることになる。この点、本文中の表1の説明は、若干誤解を被るおそれのあるものになっている。表1に関する詳細は、日本経済研究センター『年金改革と銀行・生保経営』〔主査 深尾光洋、2004年10月, pp.53-63〕を参照されたい。